自然農園の詮無い話
今の畑を使い始めて6年目。前の畑から連れて来たニラは、細くて頼りなげだったのが、何度も株分けして、植え替えた所で太っている。紫蘇にミニトマト、ズッキーニ、ツルムラサキ、大根、うっかりするとジャガ芋も里芋も、勝手に生えて育っている。繰り返しになるが、ウチの畑に肥料は入れていない。植物の生命力は素晴らしい。それを見ていて妙な気分になる。
一体ニンゲンて、なんで苦労しているんだろう?
ここは水戸徳川家の御領地だったから、
ヨソより地味が良いかも知れないが、
それでも、食べ物が勝手に育つ程の恵まれた環境で、
なんで生活の心配が絶えないのだろう?
エデンの園で善悪の知恵の実を食べ、
ニンゲンは権利を知った。
所有を知った。
経済を知った。
他者に労働させて飽食する事を知った。
そんな知恵を知らなければ、
実る物を勝手に採って食べる自由を失わず、
朝日に手を合わせ、
雨の夕べに虹を拝み、
神の定めた営みを感じ取る幸せを
手離さずに生きられただろうに。
畑の植物たちの繁殖力を見ていて、
そんな途方もない話を思い浮かべた。
詮無い事だ。
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一体ニンゲンて、なんで苦労しているんだろう?
ここは水戸徳川家の御領地だったから、
ヨソより地味が良いかも知れないが、
それでも、食べ物が勝手に育つ程の恵まれた環境で、
なんで生活の心配が絶えないのだろう?
エデンの園で善悪の知恵の実を食べ、
ニンゲンは権利を知った。
所有を知った。
経済を知った。
他者に労働させて飽食する事を知った。
そんな知恵を知らなければ、
実る物を勝手に採って食べる自由を失わず、
朝日に手を合わせ、
雨の夕べに虹を拝み、
神の定めた営みを感じ取る幸せを
手離さずに生きられただろうに。
畑の植物たちの繁殖力を見ていて、
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この記事へのコメント
そもそも自然は人間が手を加えなくても勝手に自然に回っているので、本来は何もする必要がなくて、何かするなら、より良く回るためのお手伝いぐらいのものなのでしょうね。うちは無肥料不耕起草生ですが、土も回復してきてようやく少し育つものが出てきてホントにそう思います。
問題は、時間に値段がついていて(金利)、労働の成果、要は時間の成果を、換金できなければ生きていけないような社会システムになっていることですね。で、金利分のお金は発行されない(これとても重要ですね)ので、必ずお金に困る負け組が出てきて、必然的に社会は二極化した修羅の世になってしまうということですね。
なので、社会のシステムが変わる(金利システムが完全になくなる)必要があると思いますが、そのためには、そのシステムを利己的に守りつつ、のうのうとしているように見える首謀者支配層の意識や、それに従いつつ結局強化してきたことになる庶民私たち皆の意識が、利他的に変わっていく必要があるのでしょうね。
私も自給性を高めてお金の頸木を外しつつ、自分なりの善を広げたいなんて思ってます。
徳川幕府は、米本位制でした。
徳川家康が、貨幣を嫌ったからだとか。
江戸後期には大名の借金が増え、
その支払いのために、
大量の年貢米供出を余儀なくされ、
飢饉でもないのに多数の餓死者が出たそうです。
徳川政治には様々な弊害もあったでしょう。
しかし、戦前の武術や茶華道、
書画、舞踊などが全て、
禅に通ずる精神性を備えていたと言うなら、
日本の風土に
マッチした内政だったのかも知れませんね。
そんな事考えても、詮無いのですけれど・・・